まちは家族
甲府に来て3年目。
今日初めて友達の家にお邪魔して遊んで来ました。
甲府に来てからというもの、たくさんの人と出会ってきました。
お店で話し込んだり、自分がちょっとした活動を通して知り合った方のお宅へお邪魔したり、夫の職場の方、夫が仕事を通じて知り合った方のお宅にお邪魔したことはあったけれど、自分の「友達」と呼べる人の家に行って遊ぶというのは実は初めてでした。
上の子が2歳1か月、下の子が4か月。
ちょうど同じくらいの子のいるお母さんと知り合ったのは、甲府の中心街にある、とある老舗喫茶店でのことでした。
ふたりともまだ2人目の子を産むずっと前のこと。
1人目の子を連れてそれぞれ単独でランチをしていて、それはその喫茶店ではとても珍しい光景でした。
甲府の街中を歩いているとお母様と三世代で買い物をしているママさん、旦那さんと一緒に歩いているママさんは見かけることが多かったけれど、私のように母親一人で子供を連れて出歩いている人に出会うことが少なくて、つい嬉しくなって会釈したのでした。そしたらすぐに連絡先を交換することになり、その後連絡を取り合ったり、街中でばったり遭遇することも多くて、同世代の友達があまりいなかった私にも友達ができたのでした。それも同じ年頃のこどもがいる。
それぞれやってきた仕事や服装の趣味なんかは全然違うのだけれど、この喫茶店で出会った人なら悪い人じゃないだろう。きっと根本は気が合うのだろう。彼女と話しながら、出会った時にそんな風に考えていたことを思い出しました。
こども達を夫に預けてまで美容室に行く煩わしさ、
幼稚園や保育園に何を求めるのかということ、
甲府に対して思うこと、
小さなことから大きなことまであれやこれや。
甲府出身、でも甲府が大嫌いでずっと東京で仕事をして産後しばらくして戻って来た彼女が分析する甲府の問題は私が常々考えていたことと全く同じでした。
−何でもかんでも東京のコンサルに大金を払って解決しようとする傾向があるけれど、この街に住んでいる人じゃなきゃ解決できないことがある。何にも知らない人たちに投げても解決するわけない、とか。
−ベビーカーで入れる店が少なく、街中でオムツを替えることのできる場所が少ないから滞在しようにも難しい、とか。(私はもはや何処へでも乗り込む図々しさを持ち合わせてしまいましたが)
−街中の道路は狭いからベビーカーで歩き回ろうと思う人の方が稀だよね、とか。
−中心街にファミーリー向けの物件がなかなかないので引っ越すにも引っ越せない、とか。
−行きたいなと思う講演会やセミナーがあってもことごとく託児がついていない、とか。(彼女が第一子出産後しばらく暮らしていた区では託児が必ずと言っていいほどついていたので、たまに一人になりたい時にさほど興味がないセミナーでも申し込んで託児をお願いして息抜きしていたそう)
−外装や内装をテカテカの新しいのに変えたり新しい施設を作らなくても、ちょっとした工夫、例えば施設はそのままでもオムツ替えのできるトイレを一つだけ作るとか、授乳室を作るとか、こどもたちと遊べる一角を作るとか、それだけで滞在しやすい場所に生まれ変われるのに、とか。
子育て中のママたちってどこで遊んでるんだろう?と聞いたら、
「みんな郊外のショッピングモールに行っちゃうんだよ。」と。
それは全然悪いことではないけれど、こども達を抱えてわざわざバスや車に乗ってまで行きたくないよね。それに、こども達がこれから大きくなった時にやっぱりこの街で遊んだりデートしたりして楽しんでほしいから中心街には元気でいてほしいよね、なんて話をしました。
話の途中で彼女がポツリと言った一言。
「私みたいにずっとこの街を知ってる人間はさ、もう変わらないんじゃないかなーって諦めちゃうんだよね。」
この言葉を聞いて、甲府を舞台にした名作『サウダーヂ』(2011年、富田克也監督)のこのセリフを思い出してしまいました。
−「この街も終わりだな。」
でも私は全然諦めていません。
だから苦しい時もある。
だからこそ乳飲み児抱えてでも街のこれからに関わりたいと思ってあれこれ動き回っている。
思いが強ければ強いほど落胆したりイライラしたりすることも多いけれど、それだけ「ここを変えたらさらに良くなる」ポイントがあるということがわかっているという自負もあります。
この街で子育てをしていると、たくさんの人が気にかけて手を差し伸べてくれることが多く、甲府は何世代にも渡って協働できる可能性がある街だなと最近つくづく思います。
元気な年配者が多くていつも声をかけてくれて、助けの手を差し伸べてくれます。
「あら、1人かと思ったら赤ちゃんもいるの?大変だけど頑張ってね。今が一番楽しい時だって後から必ずわかるからね。」とか、
こども2人連れてバスに乗れば「危ないから私が見てるよ。あんたは赤ちゃんしっかり抱っこしてなさい。」と重たい上の子を膝に乗せてくれて、私の重い買い物バッグを手分けして持ってくれるおばあちゃんたち。
それ以上に驚くのが、小学生や中学生、高校生の子達までもが「可愛いですね。いくつですか?」と声をかけてくれたり、手を振ってくれたり、「2歳くらいですか?」と聞いてきたりすることです。
話してみると、その子達にも甥っ子や姪っ子、小さな弟妹がいるから赤ちゃんに慣れてるのだそう。
大人に声をかけられることがあっても、自分よりこんなに年の離れた子供達に声をかけられることなんて他のまちではなかったので、山梨の子ってすごいなと感心してしまいます。
そんな人たちと線引きせずに一緒にやっていける楽しさがこの街の魅力。
それって大きな意味での家族であり、社会であり、子育て世代の私にはこんな貴重な場所はないなと。
その一方で甲府に対して思うことも少なくなく。
なんで私はこんなに街に対してヤキモキしてるんだろう、恋でもしてるみたい、などとふざけたことを思っていたところ、
ある人に言われてハッとしました。
「まちは家族みたいなもの。家族だから文句もいいたくなるし、辛辣にもなる。けど、だから強い結びつきだよ。」と。
私は、私たちは、こんな大きな家族に包まれて暮らしていたんだな。
そんなことを記しておきたくなりました。